My Bloody Valentine 東京ガーデンシアター公演レポ(2026/2/9)

レビュー🎞️📗

――「音を聴く」ではなく「音に包まれる」体験だった夜

2026年2月9日、東京ガーデンシアター。
この日はライブを観に行ったのではない。
音を浴びに行った。

それが、あの夜を一番正しく表す言葉だと思う。

出演は My Bloody Valentine、通称「マイブラ」。

シューゲイザーというジャンルを語るうえで必ず名前が挙がる存在だが、
実際に体験すると、ジャンルという言葉そのものが意味を失う。

来日公演としては久しぶりの日本ライブだったこともあり、会場の空気は独特だった。


開演前 ―― 静かな緊張

会場は東京ガーデンシアター。
広い。綺麗。そして音響が良いことで知られる箱。

だがこの日だけは、
「音が良いホール」ではなく
音の逃げ場がない空間になっていた。

開演前、妙な緊張感が漂っていた。
客席は騒がしくない。
しかし静かでもない。

皆わかっている。
これから来るのは「ライブ」ではないことを。


開演 ―― 体に入ってくる音

1音目が鳴った瞬間に理解する。
1曲目の「i only said」の時だ。

音量が大きい、ではない。
空気の密度が変わる。

胸で聴く
ではない
皮膚で感じる
でもない

内臓の位置が変わる感覚。

音圧という言葉はよく使われるが、
このライブは圧ではなく空間そのものが振動している

ドラムの輪郭はあるのに遠い。
ギターは歪んでいるのに柔らかい。
ボーカルは聴こえるのに意味を持たない。

それぞれが分離していないのに、
すべて存在している。


「ノイズ」ではない、「質量」

マイブラの音はよくノイズと言われる。
だが実際は違う。

ノイズは乱雑な音だ。
しかしこれは構造を持っている。

むしろ印象は逆。
巨大な一つの和音の中に、無数の音が入っている。

普通のライブは
曲 → 演奏 → 音

マイブラは
音 → 空間 → 曲

順序が逆転する。


あの有名なパート ―― 終わらない時間

最後の方で「you made me realise」で轟音が持続するパート。
時間感覚が消える。

長いはずなのに長くない。
終わらないはずなのに苦痛ではない。

耳ではなく、脳の処理が追いつかなくなり、
「聴く」という行為が崩れる。

周囲を見ると、
目を閉じている人
固まっている人
座り込む人

ライブというより、
集団で同じ音響現象を体験しているようだった。


終演 ―― 静けさの違和感

終わった瞬間、
世界の解像度が戻る。

会話の音が小さく感じる。
足音が軽く感じる。
外の風が妙に静かに感じる。

耳が壊れたのではなく、
基準が書き換えられた感覚だった。


まとめ ―― これは音楽か?

このライブは
良かった / 悪かった
上手い / 下手
感動した

そういう評価軸に乗らない。

・音を理解しようとするとわからない
・体験として受け入れると成立する

つまりこれは
音楽を鑑賞する行為ではなく、音響に入る体験だった。


最後に

ライブを観たあと、
しばらく無音で歩きたくなった。

音楽を聴きに行ったのに、
音のない時間を求めたのは初めてだった。

My Bloody Valentineは
曲を演奏していたのではない。

空間を鳴らしていた。

そして自分はその中にいた。

※追記:翌日になっても耳鳴りが少し残っている。
いわゆる大音量ライブの後の感覚とは違い、音量というより音の密度を浴びた感覚に近かった。
思い出すと、曲というより“空間”を体験したのだと改めて感じる。

※施設内展示物を撮影した写真です

My Bloody Valentineとは

My Bloody Valentine は1980年代後半にアイルランド/イギリスで活動を始めたバンドで、
現在「シューゲイザー」と呼ばれる音楽様式を決定づけた存在として知られている。

ギターをかき鳴らすロックでも、電子音楽でも、アンビエントでもない。
歪みの中に旋律を溶かし込み、音の輪郭を曖昧にする独特のサウンドは
後に多くのバンドや音楽家へ強い影響を与えた。

特徴的なのは、音量や速さではなく音色そのものを音楽の中心に置いたことだと思う。
メロディやリズムではなく、音の質感を聴かせる。

今回のライブで感じた「空間が鳴る感覚」は、
まさにこの思想がそのまま現れたものだったのだろう。

名盤『Loveless』について

Loveless は1991年に発表された2ndアルバムで、
現在でもロック史・音響作品の双方で語られる作品として知られている。

このアルバムの特徴は、
ギターが“演奏されている音”ではなく“漂っている音”として存在すること。

無数に重ねられた歪みの中にポップなメロディが埋もれ、
前に出ることなく浮かび続ける。

大音量なのに柔らかく、
轟音なのに攻撃的ではない。

ライブで体験した音の感触は、
このアルバムを立体化したものに近かった。

つまりステージ上で演奏されていたのは曲ではなく、
『Loveless』という空間そのものだったのかもしれない。

▼ 今回のライブ体験に近い作品

今回の公演で感じた「音の中に入る感覚」は、
スタジオ作品の中ではこのアルバムが最も近いと思います。

轟音なのに柔らかく、
メロディが前に出てこないのに確かに存在する。

ライブで鳴っていた空間の質感を、
そのまま持ち帰ることができる一枚です。

はじめて聴く場合は、
小さな音量ではなく、少しだけ音量を上げて聴くのがおすすめです。

(※一気に理解しようとせず、空気として流すと不思議と馴染みます)

シューゲイザーとは?

「シューゲイザー(Shoegaze)」は1980年代末〜90年代初頭のイギリスで生まれた音楽の呼び名で、
演奏中に足元のエフェクターを見続けるバンドの姿から付けられたと言われている。

だが実際の特徴は見た目ではなく、音の作り方にある。

通常のロックは
リズム → メロディ → 歌
が前に出るが、シューゲイザーではそれらが混ざり合い、境界が曖昧になる。

ギターはコードを鳴らす楽器ではなく“空気を作る装置”となり、
ボーカルは言葉を伝えるよりも音色として溶け込む。

つまり曲を聴くというより、
音の中に浸かる音楽といった方が近い。

今回のライブで感じた、方向も距離もわからない音の広がりは
まさにシューゲイザーという表現が生まれた理由そのものだったのだと思う。

▼シューゲイザーの入口として聴きやすい2組

マイブラの轟音を体験したあと、
「もう少し輪郭を掴みたい」と感じた場合におすすめの2枚です。

同じシューゲイザーでも、
浮遊感の方向に進むか、ロックの方向に進むかで印象が大きく変わります。

この2組を聴くと、ジャンルの広がりが一気に理解できると思います。

▼やさしく包まれるタイプのシューゲイザー

▼ギターの躍動感が分かりやすいシューゲイザー

音の余韻が残る音楽を中心に、記事も少しずつ増やしていきます。
よければこちらからどうぞ 🐸🙌

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